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東京高等裁判所 平成3年(行ケ)223号 判決 1995年6月29日

ドイツ連邦共和国 レンゲリッヒ ミュンステルストラーゼ48-52

原告

ウインドメーレル ウント ヘルシェル

同代表者

アデルハイド ウィンドメーレル

ゲオルク ルドヴィック クリストフ

同訴訟代理人弁護士

中村稔

大塚文昭

田中伸一郎

宮垣聡

東京都千代田区霞が関3丁目4番3号

被告

特許庁長官

高島章

同指定代理人

綿谷晶廣

奥村寿一

山田幸之

吉野日出夫

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

この判決に対する上告のための附加期間を90日と定める。

第1 当事者の求めた裁判

1 原告

(1) 特許庁が昭和61年審判第7088号事件について平成3年4月4日にした審決を取り消す。

(2) 訴訟費用は被告の負担とする。

2 被告

主文同旨

第2 請求の原因

1 特許庁における手続の経緯

原告は、名称を「吹出フィルムの押出機においてフィルム厚みを制御する方法」とする発明(以下「本願発明」という。)について、ドイツ連邦共和国において1980年1月28日にした特許出願に基づく優先権を主張して、昭和56年1月27日特許出願をした(昭和56年特許願第10730号)ところ、昭和60年11月22日拒絶査定を受けたので、査定不服の審判を請求し、昭和62年審判第7088号事件として審理された結果、平成3年4月4日「本件審判の請求は成り立たない。」との審決があり、その謄本は、同年5月27日原告に送達された。なお、原告のための出訴期間として90日が附加された。

2 本願発明の要旨

環状ノズルの温度セクタにそれぞれ最終制御素子を設けて各温度制御セクタの温度を変えるようにしている吹出しフィルムの押出機におけるフィルム厚みを制御する方法において、温度制御セクタと同数の、そして各温度制御セクタに関係しているフィルムセクタに分けてフィルムの周りを巡ってフィルムの厚みを計測し、計測された最大厚みを有する厚いフィルム部分、又は計測された最小厚みを有する薄いフィルム部分を押出した温度制御セクタはその厚い、又は薄いフィルム部分と同じ吹出し管状フィルムの母線上で環状ノズルに配置されている温度制御セクタであると定め、そして計測された最大厚みを有する厚いフィルム部分よりも薄いフィルム部分を押出している温度制御セクタだけを冷却するか、又は計測された最小厚みを有する薄いフィルム部分よりも厚いフィルム部分を押出した温度制御セクタだけを加熱することを特徴とする吹出しフィルムの押出機においてフィルム厚みを制御する方法(別紙図面1参照)

3 審決の理由の要点

(1) 本願発明の要旨は、前項記載のとおりである。

(2)<1> 昭和54年特許出願公開第139670号公報(以下「引用例」という、別紙図面2参照)には、次の事項が記載されている。すなわち、

第4図には、その周縁部に4つの空冷区域を配設させたノズルリングを概略的に図示してある。肉厚感知子20はフィルム25”の扁平状の帯体の端縁折り曲げ部を走査して、相当する計測信号をプロセスコンピュータ28に与える。すると、このコンピュータは相当するセット命令をそれぞれのモータサーボ弁32、32’に与える。螺旋状の分配器を備えた最後のフィルムブローヘッドは、電子的データ処理コンピュータプログラムの助けをかりて設計されるものであるにもかかわらず、その構造上の特性の結果フィルム肉厚に薄い部分と厚い部分とを生じる。例えば、もしもフィルムブローヘッドが4重の分配用螺旋を備えている場合には、厳正に指定された位置でフィルム肉厚に4つの厚い部分と4つの薄い部分が生じる。したがって、分配用螺旋の数に比べて少なくともその2倍の冷却室を備えたノズルリングを装備させることにより、対応する冷却区域が4つのフィルム部分の薄い部分に一層大きなフィルム肉厚とするように作用することを基礎にして、フィルムの肉厚の調節を行い得るようにすることが好適である。反転取出し装置が360度の回転を行う間にフィルムの肉厚を計測することによって平均のフィルムの肉厚を調整するには、プロセスコンピュータ28を介して取出し速度を適当に修正してやればよい。フィルムの周縁部上でのフィルムの肉厚の自動調整を行うためには、冷却室の数に相当した管状フィルムの周縁部分でフィルム肉厚を計測しなければならない。そして、もしもフィルム肉厚にくるいがあったならばプロセスコンピュータを介して対応する調整弁32、32’を開放させなければならない。(5頁右下欄18行ないし右上欄9行参照)

<2> 本願発明と引用例記載の発明とを対比すると、両者は、共に「(a)環状ノズルを複数個に分割する点、(b)そのそれぞれに対して温度制御素子を連結する点、(c)計測された薄いフィルム部分に対応するノズルを温度制御素子により冷却する点」で一致する。

そうすると、本願発明と引用例記載の発明との異同について更に検討を要する点は、次の2点のみである。

(a) 円筒フィルムの厚みを測定するに際し、本願発明では、環状ノズルの分割数に等しい区画で行っているのに対して、引用例記載の発明では、この点が明記されていない点。

(b) 計測された最小厚みを有する薄いフィルム部分を押出した温度制御の対象となる部分が、本願発明では、薄いフィルム部分と同じ吹出し管状フィルムの母線上で環状ノズルに配置されている温度制御対象であるのに対して、引用例記載の発明では、この点が不明確である点。

<3> そこで、これらの相違点について検討する。

(a) 相違点(a)について

一般に制御対象が1回転あたり複数等分した形で存在する場合、360度をその数に応じて等分したタイミングで検知器により測定することは計測技術上の常套手段にすぎず、当業者が必要に応じて適宜なし得た程度であると認める。

(b) 相違点(b)について

インフレーションフィルムを作る場合、ⅰ)インフレーション金型の中心を軸心として押出機自体を低速度で回転する方法、ⅱ)インフレーション金型そのものを低速度に回転させる方法、ⅲ)引取機及び巻取機を回転させる方法等によって、厚みムラがある場合でも平らで均一なリールを作ることが、本出願前周知(1例として、澤田慶司著「プラスチックの押出成形とその応用」、株式会社誠文堂新光社昭和41年6月25日発行、145頁参照)であるから、引用例に記載の厚みムラ制御方法を適用して、上記ⅰ)~ⅲ)のような可動部をもたないように、もしくは、測定ヘッドとフィルム吹出しヘッドとを同期させることによって、薄い吹出しフィルムの母線上の環状ノズルに配置されている温度制御セクタが制御対象であるように本願発明を構成することは、当業者が容易に想到し得たものであると認める。

<4> そして、本願発明が前記相違点を有することによって奏する作用効果をみても、当業者が予測できる範囲を格段に越えたものとは認められない。

<5> したがって、本願発明は、引用例に開示された事項に基づいて、当該技術分野の通常の知識を有するものが容易に発明をすることができたものと認められるので、特許法29条2項により特許を受けることができない。

4 審決の取消事由

(1) 審決の認定判断のうち、次の点を争い、その余を認める。

<1> 前項<2>のうち、一致点(c)は否認し、相違点が(a)及び(b)のみであることも否認する。

<2> 前項<3>のうち、相違点(a)についての判断は否認し、相違点(b)についての判断のうち、「引用例に記載の厚みムラ制御方法を…」から「…想到しえたものであると認める。」までの判断を否認する。

<3> 前項<4>を否認する。

<4> 前項<5>を否認する。

(2) 審決は、本願発明及び引用例の記載内容を誤認して、相違点(a)、(b)の他に相違点(c)、(d)、(e)が存するのにこれを看過し、かつ、相違点(a)及び(b)の判断において引用例と公知文献の記載から容易に本願発明を想到し得たと誤った判断をしたものであって、違法であるから、取り消されるべきである。

(3) 取消事由1(相違点の看過)

本願発明の特徴は、最大厚みの箇所と最小厚みの箇所の双方が、フィルムセクタに対応する温度制御セクタを決定するうえでの基点たり得る(すなわち、当該最大及び最小厚み部分を押出したのは同じ管状フィルムの母線上の環状ノズルの温度制御セクタであるが、他の部分は、対応しない。)という自然法則に基づいて、吹出しフィルムの押出機におけるフィルムの厚みの制御方法に想到したところに存するのであるが、審決は、かかる特徴に対する理解の欠如により、本願発明と引用例記載の発明との間の次の相違点(c)ないし(e)を看過し、この点について何ら考慮することなく、「本願発明は、引用例に開示された事項に基づいて当該技術分野の通常の知識を有するものが容易に発明をすることができたもの」であると結論したもので、違法であって、取消を免れない。

<1> 相違点(c)について

本願発明の構成の「計測された最大厚みを有する厚いフィルム部分、又は計測された最小厚みを有する薄いフィルム部分を押出した温度制御セクタはその厚い、又は薄いフィルム部分と同じ吹出し管状フィルムの母線上で環状ノズルに配置されている温度制御セクタであると定め、そして計測された最大厚みを有する厚いフィルム部分よりも薄いフィルム部分を押出している温度制御セクタだけを冷却するか、又は計測された最小厚みを有する薄いフィルム部分よりも厚いフィルム部分を押出した温度制御セクタだけを加熱すること」においては、計測された最大厚みを有する厚いフィルム部分を押出した温度制御セクタが、厚いフィルム部分と同じ吹出し管状フィルムの母線上で環状ノズルに配置されている温度制御セクタであり、計測された最小厚みを有する薄いフィルム部分を押し出した温度制御セクタが、薄いフィルム部分と同じ吹出し管状フィルムの母線上で環状ノズルに配置されている温度制御セクタである旨を示しているが、引用例には何らその開示はない。

<2> 相違点(d)について

厚み調整の手段として、本願発明の前記構成においては、計測された最小厚みを有する薄いフィルム部分よりも厚いフィルム部分を押出した温度制御セクタだけを加熱することが示されているのに対して、引用例では冷却することしか記載されていない。

<3> 相違点(e)について

冷却する箇所として、本願発明の前記構成においては、最大厚みを有する厚いフィルム部分よりも薄いフィルム部分を押出している温度制御セクタだけを冷却する、言い換えれば、最大厚みを有する部分と同じ吹出し管状フィルムの母線上で環状ノズルに配置されている温度制御セクタを除くすべての温度制御セクタを冷却するとされているのに対して、引用例においては、計測された薄いフィルム部分に対応するノズルと記載されているに過ぎない。

(4) 取消事由2(相違点(a)、(b)に対する判断の誤り)

審決は、引用例と公知文献の記載から相違点(a)、(b)はいずれも当業者が容易に想到し得たとしているが、この認定判断は、次に述べるように誤りである。

<1> 相違点(a)についての判断の誤り

引用例においては、フィルムを吹出す環状ノズルを複数個のセクタに分割することは開示されているものの、プラスチックフィルムの厚みを測定するフィルムセクタと温度制御セクタを次々と対応させていくために両セクタの数を同数にすることが開示されておらず、この点で本願発明と異なっている。

これは、そもそも本願発明が、フィルムセクタと温度制御セクタの対応関係の定め方についての特異な思想に想到したことに起因するものであり、本願発明にとって重要な構成である。

審決は、円筒フィルムの厚みを測定するに際し、本願発明では環状ノズルの分割数に等しい区画で行っていることについて、「計測技術上の常套手段にすぎず、当業者が必要に応じて適宜なしえた程度である」と認定している。

しかしながら、円筒フィルムの厚みを測定するに際し、本願発明のように環状ノズルの分割数に等しい区画で行うとの構成は、まさに審決が相違点(b)に関わる「計測された最小厚みを有する薄いフィルム部分を押出した温度制御の対象となる部分が、本願発明では薄いフィルム部分と同じ吹出し管状フィルムの母線上で環状ノズルに配置されている温度制御対象である」と認識してはじめて認識し得るものであるが、後述のとおり、この相違点(b)を認識することは極めて困難なことであるから、畢竟、相違点(a)の認識も困難なのである。

<2> 相違点(b)に対する判断の誤り

審決は、相違点(b)について、「インフレーションフィルムを作る場合、ⅰ)インフレーション金型の中心を軸心として押出機自体を低速度で回転する方法、ⅱ)インフレーション金型そのものを低速度に回転させる方法、ⅲ)引取機及び巻取機を回転させる方法等によって、厚みムラがある場合でも平らで均一なリールを作ること」が、公知文献にみられるように本出願前周知であったから、引用例に記載の厚みムラ制御方法を適用して、相違点(b)にかかる本願発明の構成につき、当業者が容易に想到し得たものであると認定判断している。

しかしながら、上記の方法は、そもそも同文献に「以上の方法はフィルムの厚みの均一性を改善することではなく、ただ単にフィルムの欠陥が隠されて平らで見かけの綺麗なリールを作ることではあるが…」(甲第6号証の2、145頁左欄下から8行ないし6行)と記載されているように、本願発明で課題としている均一な厚みのフィルムを得ることを目的とするものではなく、フィルムの厚みに不均一さが残ることを前提としたうえで、かかる厚さの不均一をフィルムをリールとして巻き上げた際に隠すための方法であって、そもそも本願発明とは全く関係のない技術である。

したがって、均一な厚みのフィルムを得るための本願発明に関し、当業者が上記公知文献に示された技術を考慮する余地はなく、この点で既に審決の判断は誤りである。

さらに、審決は、引用例に記載の厚みムラ制御方法を適用して、上記ⅰ)~ⅲ)のような可動部をもたないように、もしくは、測定ヘッドとフィルム吹出しヘッドとを同期させることによって、薄い吹出しフィルムの母線上の環状ノズルに配置されている温度制御セクタが制御対象であるように本願発明を構成することは、当業者が容易に想到し得たものであるとし、ある温度制御セクタから押出されたフィルムは、そのまま垂直に押出されていくものと解しているが、明白な誤りである。

すなわち、仮に百歩譲って、審決が言うように、ⅰ)~ⅲ)のような可動部をもたないようにし、もしくは、測定ヘッドとフィルム吹出しヘッドとを同期させることによってフィルムの温度を測定するフィルムセクタと温度制御セクタとを母線上で対応させたとしても、吹出されたフィルムは真っ直ぐ上に押出されるのではない。したがって、あるフィルム部分を押出した温度制御セクタの母線上のフィルムセクタで当該部分の温度を測定できるわけではないのであるから、審決のいうように「薄い吹出しフィルムの母線上の環状ノズルに配置されている温度制御セクタが制御対象であるように本願発明を構成すること」は不可能である。フィルム部分のうち、押出された温度制御セクタの母線上のフィルムセクタで温度を測定されるのは、本願発明で明らかにされたように、最大厚みを有するフィルム部分と最小厚みを有するフィルム部分のみであるから、引用例から、本願発明についての相違点(b)を想到することは正に不可能である。

第3 請求の原因に対する認否及び被告の主張

1 請求の原因1ないし3は認める、同4は争う。審決の認定判断は正当であり、審決に原告主張の違法はない。

2(1) 取消事由1(相違点の看過)について

本願発明においては、自然法則を前提としているという点について、「最大厚みと最小厚みのフィルムセクタ部分のみがそれを押出した温度制御セクタとフィルム母線上で正しい対応関係にあり、プラスチックフィルムの最大厚みの部分と最小厚みの部分が特定できればその部分を吹出した正しい温度制御セクタを容易に特定できる」旨の自然法則上の知見を争うものではない。

しかしながら、本願発明の実施例においては、最大厚みと最小厚みの部分だけでなく、それ以外の部分においても、すなわち、母線上にあるフィルムセクタと温度制御セクタとが正しく対応しているかどうかに関わりなく、母線上にあるフィルムセクタと温度制御セクタとが正しく対応しているかの如く取り扱って制御を行っており、客観的に見れば、本願発明のフィルム母線上での対応関係に基づいた制御は、そのような知見とは直接関係がない。

<1> 相違点(c)について

本願発明の「計測された最大厚みを有する厚いフィルム部分、又は計測された最小厚みを有する薄いフィルム部分を押出した温度制御セクタはその厚い、又は薄いフィルム部分と同じ管状フィルムの母線上で環状ノズルに配置されている温度制御セクタであると定め」という構成要件は、実質的には、「計測された所定厚みを有するフィルム部分を押出した温度制御セクタはそのフィルム部分と同じ吹出し管状フィルムの母線上で環状ノズルに配置されている温度制御セクタであると定め」を意味していると判断するのが自然である。

そして、審決は、多少表現が異なるとしても、そのことを相違点(b)として認定しているので、相違点(c)の看過はない。

<2> 相違点(d)について

本願発明は、その一部の構成要件に関し、計測された最大厚みを有する厚いフィルム部分よりも薄いフィルム部分を押出している温度制御セクタだけを冷却すること、及び、計測された最小厚みを有する薄いフィルム部分よりも厚いフィルム部分を押出している温度制御セクタだけを加熱すること、の2つを択一的なものとしている。

そして、審決は、本願発明のうち前者の構成要件を含むものについて引用例と比較しているのであるから、この点で、相違点を看過していない。

<3> 相違点(e)について

引用例の「管状バブルの周縁でのフィルム肉厚は常時一律には変化せず、むしろ、周縁部分ではフィルム肉厚が大きくなったりあるいは小さくなるように形成されがちである。従って、材料の供給の節減と同時にフィルムブロープラントの出力を最適条件に調整する場合、単に管体の周縁で計測されたフィルムの平均厚みだけでなくフィルムの全周縁部分での厚みがフィルム肉厚の許容範囲の下限の近くとなるようにしなければならないというフィルムの品質改善に関する他の問題点が存在している。」(3頁左上欄18行ないし右上欄9行)という記載からみて、引用例記載の発明は、フィルムの全周縁部分で均一な所望のフィルム肉厚にすることを課題としていることは明らかである。

このような課題に対し、引用例には、フィルム肉厚を調整することができる手段として、押出機の出力、取出し速度(4頁左下欄15行ないし19行、6頁左上欄19行ないし右上欄3行)、ノズルリングの冷却、の3つが記載されている。ここで、前者の2つは、フィルム肉厚を全体的に厚く又は薄く調節することができる手段、最後の1つは、薄い部分を冷却して厚くする手段である。そして、引用例には、フィルム肉厚を部分的に薄くする手段が全く記載されていない。

これらのことから判断すると、引用例記載の発明において、ノズルリングの冷却によりフィルム肉厚を制御する際には、計測されるフィルムの最大厚みを基準とし、その基準値より薄い部分に対応するノズルリングの領域を冷却することは当然のことである(仮に、計測されるフィルム厚みが部分的に基準値より厚い場合には、その部分を薄くする手段がないので、制御を行っても基準値より厚い部分が残ることになり、引用例記載の発明の課題が達成されないことになる。)。

また、引用例の「所望のフィルム肉厚より外れた時には冷却弁32、32’が自動的に作動して、予め探知しておいたフィルム肉厚の薄い部分の周縁領域内にある冷却室3〓を冷却させる。」(7頁左上欄1行ないし4行)という記載は、所望のフィルム肉厚から外れた薄い部分に対応するすべてのノズルリングの領域を冷却することを意味しており、この記載からも、前述の事項を裏付けることができる。

それ故、本願発明と引用例記載の発明には、冷却する箇所のフィルム肉厚の限定の点で実質的な相違はないので、審決は、この点で相違点を看過していない。

なお、原告が相違点としてあげた事項のうち、母線上での対応関係に関することは、審決においても相違点(b)として認定している。

(2) 取消事由2(相違点(a)、(b)に対する判断の誤り)について

相違点(a)、(b)について、当業者が容易に想到しえたとした審決の判断に誤りはない。

<1> 相違点(a)に対する判断の誤りについて

原告は、本願発明が、フィルムセクタと温度制御セクタの対応関係の定め方についての特異な思想に想到したことに起因するものである旨主張するが、本願発明のフィルム母線上での対応関係に基づいた制御は、原告主張の前記自然法則の知見とは直接関係がないから、本願発明がフィルムセクタと温度制御セクタの対応関係の定め方についての特異な思想に想到したことに起因するものであるとはいえない。

また、相違点(b)は容易に想到し得たとした審決の判断に誤りはないから、原告の相違点(b)の認識困難性を根拠とした相違点(a)の認識困難性の主張も、理由がない。

<2> 相違点(b)に対する判断の誤りについて

引用例には、管状フィルム周縁の肉厚の測定結果とノズルリングの冷却領域とを対応させるために、往復反転取出し手段が原因で発生した捩れ角を補正することが記載されている。(3頁右上欄20行ないし左下欄5行、6頁右上欄12行ないし15行、6頁左下欄9行ないし右下欄9行)

一方、審決が、澤田慶司著「プラスチックの押出成形とその応用」を引用して認定したように、インフレーションフィルムを作る場合において、均一なリールを作ることを目的として、可動部をもたせるようにすることは、本出願前周知のことである。この周知の技術は、可動部をもたないものが前提として存在すること、均一なリールを作る必要がある場合に可動部をもたせるようにすることを教えている。

してみれば、均一なリールの必要性がそれほど無い時に、可動部をもたせないようにすること、すなわち取出し手段を往復反転運動しないように構成することは、当業者が適宜判断することである。そして、引用例記載の発明において、そのように構成すれば、往復反転取出し手段が原因で発生する捩れ角を補正する必要がなくなること、そして、吹出されたフィルムは、全体としては、まっすぐ上に押出されることは、引用例から十分読み取ることができる。それ故、「計測された所定厚みを有するフィルム部分を押出した温度制御セクタはそのフィルム部分と同じ吹出し管状フィルムの母線上で環状ノズルに配置されている温度制御セクタであると定め」という相違点(b)は、当業者が容易に想到し得たものということができる。

この点に関し、原告は、あるフィルム部分を押出した温度制御セクタの母線上のフィルムセクタで当該部分の温度(肉厚の意味であると思われる。)を測定できるわけではない旨主張しているが、本願発明においても、その実施例において同様のことをしているのであるから、この原告の主張は、理由がない。

第4 証拠関係

証拠関係は、本件記録中の書証目録記載のとおりであるから、これをここに引用する。

理由

第1  請求の原因1(特許庁における手続の経緯)、同2(本願発明の要旨)、同3(審決の理由の要点)は、当事者間に争いがない。

第2  そこで、原告主張の取消事由について検討する。

1  成立に争いのない甲第2号証(昭和56年特許出願公開第123826号公報)、同第3号証(昭和61年5月14日付け手続補正書、以下「手続補正書(1)」という。)、同第4号証(平成1年10月5日付け手続補正書、以下「手続補正書(2)」という。)によれば、本願明細書には、本願発明の技術的課題(目的)、構成について、次のとおり記載されていることが認められる。

(1)  本願発明は、設定素子付き冷却セクタに分割されているノズルリングと、フィルムの校正装置とフィルムの取出し及び巻取り装置とを備えた吹出しフィルムの押出機において、フィルム厚みを制御する方法にかかるものである。(手続補正書(1)3頁2行ないし6行)

(2)  昭和57年特許出願公告第44453号公報には、中心の固定マンドレルとそれを包囲する外部環状体との間に熱可塑性合成樹脂の流路が形成されており、この外部環状体に形成された加熱もしくは冷却媒体の流路は調整可能となっており、吹出しヘッドのダイ開口部に温度勾配が生じないように調整してフィルムの厚みを均一とすることができるようにした吹出しヘッドが示されている。この外部環状体は複数個の調整セクタに分けられており、したがって、セクタ毎に調整することになる。

吹出された管状のフィルムは厚みが不均一だと局部的に硬化速度が異なり、そのため管状のフィルムに捩れが生じる。原告は、これを考慮して、セクタ毎に適正な調整を行うため、その捩れを計算により求めて不均一な厚みを生じたセクタを決定しようとしたり、厚み測定手段を回転して捩れを発生した不均一な厚みとその原因となったセクタとの対応関係を決定しようとしたが、いずれも充分満足すべき結果を得ることができなかった。

(手続補正書(2)2頁3行ないし3頁7行)

(3)  本願発明は、厚みの不均一により生じる吹出しフィルムのセクタの周囲方向の変位を考慮して、フィルムセクタを吹出しヘッドの調整セクタと正確に関連付け、厚み制御をしてフィルム厚みの均一化を達成する方法を改善することを目的とし、要旨記載の構成(手続補正書(1)1頁5行ないし2頁5行)を採用した。(手続補正書(2)3頁7行ないし12行)

2  取消事由1(相違点の看過)について

(1)  原告は、本願発明の特徴は、最大厚みと最小厚みの箇所の双方が、フィルムセクタに対応する温度制御セクタを決定するうえでの基点たり得るという自然法則に基づいて、吹出しフィルムの押出機におけるフィルムの厚みの制御方法に想到したところに存すると主張する。

原告が、ここでいう「自然法則」とは、より詳述すれば、弁論の全趣旨により、以下のような意味であることが認められる。(原告平成4年7月15日付け準備書面4頁14行ないし6頁8行参照)

<1> フィルム吹出しノズルは、通常幾つものセクタに分割されており、各セクタが、理想的な均等な条件でプラスティックフィルムを吹出せば、各セクタからは等しい厚さで、等しい円周上の長さのプラスティックフィルムがそれぞれ吹出されるはずである。

<2> ところが、様々な事情により各セクタによって条件が異なり、厚さの不均等が生じる。

<3> もし、あるセクタから吹出されたプラスティックフィルムの厚さが平均厚みよりも厚かったとすると、その場合、各セクタから吹出される材料の量は均一であるから、厚さが大きい分だけ円周上の長さは短くなるはずである。また、逆にあるセクタから吹出されたプラスティックフィルムの厚さが平均厚みよりも薄かったとすると、その場合は、厚さが薄い分だけ円周上の長さは長くなるはずである。

すると、薄くて、円周上の長さが長いプラスティックフィルムは、長い分だけ隣接するプラスティックフィルムを円周方向に押出ていくことになり、反対に、厚くて、円周上の長さが短いプラスティックフィルムは、短い分だけ隣接するプラスティックフィルムが引込まれてくることになる。

それ故、フィルムセクタにおいて厚みを測定して平均厚みからの厚さの離反の程度に応じて温度制御セクタにおける加熱又は冷却によってフィルムの厚さを調整しようにも、フィルムセクタにおいて厚さを測定した時点で、前述の理由でプラスティックフィルムは既に円周方向に移動しているので、フィルムセクタで厚さを測定されたプラスティックフィルムが、どの温度制御セクタと対応しているのかが不明になってしまう。

<4> これに対して、ある温度制御セクタから最も薄いプラスティックフィルムが押出されたとすると、そのフィルムは、円周が他のどの部分よりも長くなるため、そこに対応するフィルムセクタに留まらず、隣接するフィルムセクタに入り込んでいくのみである。反対に、最も厚いプラスティックフィルムを押出した温度制御セクタに対応するフィルムセクタには、隣接する温度制御セクタから押出されたプラスティックフィルムが入り込んでくるのみである。

<5> 換言すれば、最小厚みと最大厚みのフィルムセクタ部分のみが、隣接するプラスティックフィルムから押出されることに起因する円周方向への移動がなく、よって、円周方向にずれることなく、それを押出した温度制御セクタとフィルム母線上で対応関係にあることになる。

<6> したがって、プラスティックフィルムの最小厚みの部分と最大厚みの部分が特定できれば、その部分を吹出した温度制御セクタを容易に特定できる。

以上が原告のいう自然法則であるところ、被告も「最大厚みと最小厚みのフィルムセクタ部分のみがそれを押出した温度制御セクタとフィルム母線上で正しい対応関係にあり、プラスチックフィルムの最大厚みの部分と最小厚みの部分が特定できればその部分を吹出した正しい温度制御セクタを容易に特定できる」という知見自体は争っていない。

しかしながら、被告は、客観的に見れば、本願発明のフィルム母線上での対応関係に基づいた制御は、そのような知見とは直接関係がない旨主張するので、この主張の当否について判断する。

(2)  そこで、本願発明におけるフィルムセクタと温度制御セクタとの対応関係について検討する。

<1> 本願発明の要旨とする構成は、「計測された最大厚みを有する厚いフィルム部分、又は計測された最小厚みを有する薄いフィルム部分を押出した温度制御セクタはその厚い、又は薄いフィルム部分と同じ吹出し管状フィルムの母線上で環状ノズルに配置されている温度制御セクタであると定め…」とされ、この「計測された最大厚みを有する厚いフィルム部分、又は計測された最小厚みを有する薄いフィルム部分」と「厚い又は薄いフィルム部分と同じ吹出し管状フィルムの母線上で環状ノズルに配置されている温度制御セクタ」との対応が定められている。

ここで、「最大厚みを有する厚いフィルム部分」あるいは「最小厚みを有する薄いフィルム部分」は、各フィルムセクタ毎にフィルム厚みを測定した際に、最も平均厚みが大きかったあるいは小さかったフィルムセクタに属するフィルム部分を指すものであるから、発明の前記構成からは、最も平均厚みが大きかったあるいは小さかったフィルムセクタと該フィルムセクタと同じ吹出し管状フィルムの母線上で環状ノズルに配置されている温度制御セクタとの対応関係については明らかにされていることになる。

しかしながら、(最も平均厚みが大きかったあるいは小さかったフィルムセクタ以外の)他のフィルムセクタと(最も平均厚みが大きかったあるいは小さかったフィルムセクタに対応する温度制御セクタ以外の)他の温度制御セクタとの対応関係は、本願発明の特許請求の範囲には、「各温度制御セクタに関係しているフィルムセクタ」と記載されているのみであり、その記載からでは、一義的に明らかでない。

<2> そこで、フィルムセクタと温度制御セクタとの対応関係について、本願明細書の発明の詳細な説明をみると、前掲甲第3号証によれば、前記手続補正書(1)に、「本発明の吹出フィルム厚みの制御方法は、押し出されたフィルムの周囲に亘ってフィルム厚みを測定し、冷却セクタが形成する修正セクタの数に相当するフィルムセクタを形成し、最大又は最小厚みのフィルムセクタは正しい位置に押出されたものと考えて、フィルムセクタと関連する冷却セクタを決定し、その隣りのフィルムセクタをその隣りの冷却セクタにというふうに次々に反応させ、」(3頁17行ないし4頁5行)と記載されており、これによれば、最大又は最小厚みのフィルムセクタの隣のフィルムセクタは、最大又は最小厚みのフィルムセクタに対応する温度制御セクタの隣の温度制御セクタと対応させ、さらに、その隣のフィルムセクタは、さらに、その隣の温度制御セクタというように、次々に対応させていることが認められる。

<3> そして、明細書記載の実施例において厚みの制御方法をみると、前掲甲第2号証によれば、ノズルリングの冷却セクタに対する個々のフィルムセクタの対応を示す図であるFig.3において、フィルムセクタXF及び冷却セクタXFは等間隔に記載されていることが認められる。

また、原告の準備書面においても、「添付の参考図面において、AからLはフィルムセクタの均等に分割された各部分であり、」と説明され、添付の参考図では、AからLは円周上の長さが、または、中心角が均等に分割されているし(原告平成5年4月16日付け準備書面8頁20行ないし21行)、「この最大厚み又は最小厚みのフィルム部分を押し出した温度制御セクタが定まれば、その他のフィルムセクタと温度制御セクタとの対応は順次定まることになり、」と説明され、添付の参考図Iでも前同様の均等の分割がみられる(原告平成5年7月28日付け準備書面6頁20行ないし23行)ことからして、各フィルムセクタ及び各温度制御セクタはそれぞれの円周上に、長さ又は角度に関して、均等に設けられているということができる。

そうすると、前記(1)で認定した自然法則の知見からすると、管状フィルムの母線上にあるフィルムセクタと温度制御セクタとは、最大厚み又は最小厚みの部分のフィルムセクタ以外のフィルムセクタでは、正しく対応していないけれども、本願発明の実施例においては、最大厚み又は最小厚みの部分のフィルムセクタ以外のフィルムセクタも、その母線上にある温度制御セクタと正しく対応しているかの如くみなしていることになる。

このように、本願発明の実施例においては、最大厚み又は最小厚みの部分か、それ以外の部分かにかかわらず、すなわち、母線上にあるフィルムセクタと温度制御セクタとが正しく対応しているかどうかに関わりなく、「計測された所定厚みを有するフィルム部分を押出した温度制御セクタが、そのフィルム部分と同じ吹出し管状フィルムの母線上で環状ノズルに配置されている温度制御セクタである」のと同じように取り扱っているというべきである。

このことは、換言すれば、ある正しく対応していない母線上のフィルムセクタと温度制御セクタを正しく対応しているかのように取り扱い、次に、該フィルムセクタの隣のフィルムセクタと該温度制御セクタを対応させ、以下、順次、隣のフィルムセクタと隣の温度制御セクタというように対応させても、本願発明の実施例と同じ結果になるということができるし、また、母線上にあるフィルムセクタと温度制御セクタが、最初からすべて正しく対応しているかのように取り扱っても、同様の結果になるといえる。

すなわち、「厚みの不均一により生ずる吹出しフィルムのセクタ周囲方向の変位を考慮する」との自然法則の知見にもかかわらず、結果的には、「フィルムセクタを吹出しヘッドの調整セクタと正確に関連づける」ということは、達成されていないといわざるを得ない。

なお、特許請求の範囲に記載された本願発明の構成では、フィルムセクタと温度制御セクタとの対応関係に関して、最大厚み、又は最小厚みの部分にのみ限定して規定しているが、明細書全体の記載をみても、この限定に格別の意味があるとは認められない。

このように、前記(1)で述べた自然法則の知見に基づくフィルムセクタと温度制御セクタとの対応関係は、本願発明の実施例の場合には、結果的には、該自然法則の知見とは無関係になされる「計測された所定厚みを有するフィルム部分を押出した温度制御セクタは、そのフィルム部分と同じ吹出し管状フィルムの母線上で環状ノズルに配置されている温度制御セクタであると定め」たのと同じであり、いわば、前記自然法則の知見はこの点について意味を持たないといわざるを得ない。

<4> 以上<2>及び<3>からみて、本願発明の実施例においては、最大厚みと最小厚みの部分だけでなく、それ以外の部分においても、すなわち、母線上にあるフィルムセクタと温度制御セクタとが正しく対応しているかどうかに関わりなく、母線上にあるフィルムセクタと温度制御セクタとが正しく対応しそいるかの如く取り扱った制御と同じ制御を行っていることになり、被告が主張するように、客観的にみれば、本願発明のフィルム母線上での対応関係に基づいた制御は、原告のいう自然法則による知見とは直接に関係がないというべきである。

したがって、原告の「本願発明の特徴は、最大厚みと最小厚みの箇所の双方が、フィルムセクタに対応する温度制御セクタを決定するうえでの基点たり得るという自然法則に基づいて、吹出しフィルムの押出機におけるフィルムの厚みの制御方法に想到したところに存する」との主張を認めることはできないといわなければならない。

<5> なお、以上の検討は、本願明細書に記載の実施例についてのものであるから、これに記載のない他の実施例を想定した場合(たとえば、各フィルムセクタは、それぞれの円周上に、長さ又は角度に関してではなく、フィルム断面積に関して均等に分けることにより、これらを真に押出した部分の温度制御セクタと適切に対応させるようにする場合、原告平成5年7月28日付け準備書面添付の参考図Ⅱ参照)には、相応の意味があることが考えられるが、そうであるからといって、本願発明が本願明細書に実施例として記載された前記構成のものを含む以上本願発明全体としてこのような意味があると認めることはできない。

また、自然法則の知見に基づく点(計測された最大又は最小厚みを有するフィルム部分に対応する温度制御セクタの定めにかかる点)のみをみた場合、この点が技術的意味をもっとしても、本願発明は、単にフィルムセクタと温度制御セクタの対応関係の定め方にかかる発明ではなく、これを構成の一部に含む吹出しフィルムの押出機におけるフィルム厚みを制御する方法にかかる発明であり、フィルムセクタの分割の仕方についての特定の構成を伴なわない本願発明では、この自然法則の知見に基づく点のみを根拠に進歩性を認めることはできない。

(3)  そこで、相違点の看過について検討する。

<1> 相違点(c)について

前記(2)<3>判示のように、本願発明の「計測された最大厚みを有する厚いフィルム部分、又は計測された最小厚みを有する薄いフィルム部分を押出した温度制御セクタはその厚い、又は薄いフィルム部分と同じ吹出し管状フィルムの母線上で環状ノズルに配置されている温度制御セクタであると定め」という構成要件は、実施例においては、実質的には、「計測された所定厚みを有するフィルム部分を押出した温度制御セクタは、そのフィルム部分と同じ吹出し管状フィルムの母線上で環状ノズルに配置されている温度制御セクタであると定め」と同じであると判断される。

そして、審決が認定した相違点(b)のうち、「計測された最小厚みを有する薄いフィルム部分を押出した温度制御の対象となる部分が、本願発明では、薄いフィルム部分と同じ吹出し管状フィルムの母線上で環状ノズルに配置されている温度制御対象である」は、前記「計測された所定厚みを有するフィルム部分を押出した温度制御セクタは、そのフィルム部分と同じ吹出し管状フィルムの母線上で環状ノズルに配置されている温度制御セクタであると定め」に包含されるものである。

そうすると、表現の相違はあるとしても、審決は、原告が主張する相違点(c)を相違点(b)として認定していることになり、これを看過したとの原告の主張は採用することができない。

<2> 相違点(d)について

本願発明は、その構成要件につき、計測された最大厚みを有する厚いフィルム部分よりも薄いフィルム部分を押出している温度制御セクタだけを冷却するか、又は計測された最小厚みを有する薄いフィルム部分よりも厚いフィルム部分を押出した温度制御セクタだけを加熱すること、の2つを択一的なものとしている。

そして、審決は、本願発明のうち、前者の構成要件を含むものについて引用例記載の発明と比較しているのであるから、この点で、原告が主張する相違点(d)を看過したことにならず、その主張は採用することができない。

<3> 相違点(e)について

成立に争いのない甲第5号証(昭和54年特許出願公開第139670号公報)によれば、引用例の明細書の発明の詳細な説明には、「管状バブルの周縁でのフィルム肉厚は常時一律には変化せず、むしろ、周縁部分ではフィルム肉厚が大きくなったりあるいは小さくなるように形成されがちである。従って、材料の供給の節減と同時にフィルムブロープラントの出力を最適条件に調整する場合、単に管体の周縁で計測されたフィルムの平均厚みだけでなくフィルムの全周縁部分での厚みがフィルム肉厚の許容範囲の下限の近くとなるようにしなければならないというフィルムの品質改善に関する他の問題点が存在している。」(3頁左上欄18行ないし右上欄9行)と記載され、これによれば、引用例記載の発明は、フィルムの全周縁部分で均一な所望のフィルム肉厚を得ることを課題としているものと認められる。

このために、前掲甲第5号証によれば、引用例には、たとえば、「フィルムの周縁部上でのフィルム肉厚の自動調整を行うためには、冷却室の数に相当した管状フィルムの周縁部分でフィルム肉厚を計測しなければならない。そして、もしもフィルム肉厚にくるいがあったならば、プロセスコンピュータを介して対応する調整弁32、32’を開放させなければならない。図示の調整方法では肉厚の薄いフィルム部分を回避する目的で冷却室が装備させてある。」(6頁右上欄3行ないし11行)、あるいは、「所望のフィルム肉厚より外れた時には冷却弁32、32’が自動的に作動して、予め探知しておいたフィルム肉厚の薄い部分の周縁領域内にある冷却室3〓を冷却させる。」(7頁左上欄1行ないし4行)と記載されていて、ノズルリングを冷却することによりフィルム肉厚の薄い部分を冷却して厚くすることが示されている。そして、前掲甲第5号証を検討しても、引用例には、フィルム肉厚を部分的に薄くする手段(具体的には加熱すること)の記載はない。

以上の認定事実によれば、引用例記載の発明においては、フィルム肉厚の均一性を制御する場合には、計測されるフィルムの最大厚みを基準とし、その基準値より薄い部分に対応するノズルリングの領域を冷却するものと認められる。

そうすると、本願発明と引用例記載の発明とは、冷却する箇所のフィルム肉厚の限定という点からみて実質的な相違は認められないので、原告が主張する相違点(e)を看過したことにならず、その主張は採用することができない。

(4)  以上のように、本願明細書に記載された本願発明の実施例の場合、母線上にあるフィルムセクタと温度制御セクタとが正しく対応しているかどうかに関わりなく、母線上にあるフィルムセクタと温度制御セクタとが正しく対応しているかの如く取り扱ったのと同じ制御を行っており、被告が主張するように、客観的にみれば、フィルム母線上での対応関係に基づいた知見と、本願発明の制御方法とは関係がなく、したがって、原告の「本願発明の特徴は、最大厚みの箇所と最小厚みの箇所の双方が、フィルムセクタに対応する温度制御セクタを決定するうえでの基点たり得るという自然法則に基づいて、吹出しフィルムの押出機におけるフィルムの厚みの制御方法に想到したところに存する」との主張は、採用し難く、また、審決が、原告の主張する相違点(c)ないし(e)を看過しているとは認められない。

なお、原告は、本願発明と引用例記載の発明との一致点(c)についての認定を否認する、とのみ述べ、この点を審決の取消事由として主張していないが、前記(3)<2><3>認定の事実に照らすと、審決が本願発明と引用例につき、一致点(c)とした点の認定に誤りがあるとすることもできない。

3  取消事由2(相違点(a)、(b)に対する判断の誤り)について

(1)  相違点(a)に対する判断の誤りについて

<1> 原告は、審決が、一般に制御対象が1回転あたり複数等分した形で存在する場合、360度をその数に応じて等分したタイミングで検知器により測定することは計測技術上の常套手段にすぎず、当業者が必要に応じて適宜なし得た程度であると認めたことについて、本願発明は、フィルムセクタと温度制御セクタの対応関係の定め方についての特異な思想に想到したことに起因するものであって、このことは本願発明にとって重要な構成である旨主張するけれども、前記2で判示のとおり、客観的にみれば、フィルム母線上での対応関係に基づく知見と、本願発明の制御方法とは直接関係がないから、上記原告の主張は、採用することができない。

また、原告は、相違点(b)を認識することは極めて困難なことであるから、畢竟、相違点(a)の認識も困難である旨主張するが、後記(2)判示のとおり、相違点(b)について当業者が容易に想到し得たとする審決の判断に誤りがあるとはいえないから、原告のこの主張もまた、採用することができない。

<2> 以上のとおり、審決の相違点(a)についての判断を誤りであるとすることはできない。

(2)  相違点(b)に対する判断の誤りについて

<1> 原告は、均一な厚みを得るための本願発明に関し、当業者が引用例あるいは公知文献に示された技術を考慮する余地はなく、この点で既に審決の判断は誤りである旨主張する。

そこで、引用例を検討するに、前掲甲第5号証によれば、引用例は、名称を「プロセスコンピュータを使ってブローフィルム押出しプラントの出力を最適条件に調整する方法ならびに装置」(1頁左下欄2行ないし5行)とする発明であり、その発明の詳細な説明には、「フィルム調整手段6の後方には取出し駆動装置19を具備した反転フイルム取出し手段18があって、この手段は矢印18’で図示したように360度の角度で往復反転を行う。」(3頁右下欄3行ないし6行)、「この発明の方法では、フィルムの肉厚の測定と、測定位置の近くに設置されたノズルリングの領域の決定とを行う間に、反転フィルム取出し手段が原因で発生した捩れ角を補正させるような工程を採用している。」(3頁右上欄20行ないし左下欄5行)、「この感知子による肉厚の計測値は電気変換器20を介してプロセスコンピュータで検討され、所望の肉厚値から外れている場合には押出機の主駆動体2と取出し駆動体19との間にあるモータ連結電位差計24を適切に調節させて修正される。」(4頁左下欄15行ないし19行)、「反転取出し装置18、19で生じた管状バブルの捩れを修正させるために、反転動作の開始に対してある期間だけ計測の開始を遅らせることができる。」(6頁右上欄12行ないし15行)と記載されていることが認められるから、引用例には、往復反転フィルム取出し手段を備えたプラントにおける調整技術が記載され、この技術には管状フィルム周縁の肉厚の測定結果とノズルリングの冷却領域を対応させるために、往復反転フィルム取出し手段が原因で発生した捩れ角を補正する技術が含まれていることが明らかである。

一方、インフレーションフィルムを作る場合に、均一なリールを作ることを目的として、ⅰ)インフレーション金型の中心を軸心として押出機自体を低速度で回転する方法、ⅱ)インフレーション金型そのものを低速度に回転させる方法、ⅲ)引取機及び巻取機を回転させる方法等によって、可動部をもたせるようにすることが本出願前周知であったことは、原告も認めるところである。

この周知の技術は、可動部をもたないものが前提として存在すること、均一なリールを作る必要がある場合に可動部をもたせるようにすることを示している。

したがって、可動部をもたせないようにすること、すなわち前記ⅰ)ないしⅲ)の方法のうち、ⅲ)の方法に相当するところの取出し手段を往復反転運動させないように構成することは、当業者が適宜判断する事項と認められる。そして、引用例記載の発明において、そのように構成すれば、往復反転取出し手段が原因で発生する捩れ角を補正する必要はなくなることになる。

したがって、原告の前記主張は理由がない。

<2> 次に、原告は、審決が、ある温度制御セクタから押出されたフィルムは、そのまま垂直に押出されていくものと解していることは、明白な誤りであり、したがって、あるフィルム部分を押出した温度制御セクタの母線上のフィルムセクタで当該部分の肉厚を測定できるわけではないのであるから、「薄い吹出しフィルムの母線上の環状ノズルに配置されている温度制御セクタが制御対象であるように本願発明を構成すること」は不可能である旨主張する。

引用例記載の発明においては、フィルムセクタと温度制御セクタとの関係について、前記2(3)<3>認定のように、「所望のフィルム肉厚より外れた時には冷却弁32、32’が自動的に作動して、予め探知しておいたフィルム肉厚の薄い部分の周縁領域内にある冷却室〓を冷却させる。」と記載されていることからみて、

吹出されたフィルムは、取出し手段を往復反転運動しないように構成することにより、全体として真っ直ぐ上に押出されるものとして取り扱っているものと認めることができる。

そうすると、「計測された最小厚みを有するフィルム部分」をも含めて、「計測された所定厚みを有するフィルム部分を押出した温度制御セクタが、そのフィルム部分と同じ吹出し管状フィルムの母線上で環状ノズルに配置されている温度制御セクタであると定め」ることは、当業者が容易に想到し得たものということができる。

したがって、審決の「薄い吹出しフィルムの母線上の環状ノズルに配置されている温度制御セクタが制御対象であるように本願発明を構成することは、当業者が容易に想到しえたものであると認める」との判断が誤りであるとすることはできない。

<3> 以上のとおり、審決の相違点(b)についての判断を誤りであるとすることはできない。

4  そうすると、原告の審決の取消事由の主張はいずれも理由がなく、審決に原告主張の違法はない。

第3  よって、審決の違法を理由にその取消を求める原告の本訴請求は理由がないから、これを棄却し、訴訟費用の負担及び上告のための附加期間の付与について、行政事件訴訟法7条、民事訴訟法89条、158条2項を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 竹田稔 裁判官 関野杜滋子 裁判官 持本健司)

別紙図面1

<省略>

別紙図面2

<省略>

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